コンクリートのなかった時代、砂漠のオアシス、カシュガルでは泥の家を作っていました。それがいまにも残っている古城を尋ねました。そんな小話です。 カシュガルの町は南北、東西で大きく分けられていて、訪れた人たちを驚かせることでしょう。こんなにも違う景色が、おんなじこの小さな街にあるなんて!大体が、北側がウイグル人居住地、南側が漢民族居住地となっています。西側で経済が発展していて、昔の景観はとり壊れ、ショッピングモールが建ち並ぶ一方、東側では泥の城が残っていたりと、未整備の場所が多くみられました。言うまでもなく東側の方が僕は好きです(笑)鍛冶屋の立ち並ぶ通りなんてもありますね!
そんなカシュガルの町の北東部の泥の古城を訪れました。連日の雪で道はぬかるみ、坂の多い古城なので階段を上るのに注意を払う必要があるました。西側のビル群を見た後にここに来ると…なんだかとても寂しい気持ちになります。辺りは閑散としていて、おそらくお祈りの時間だったからか人は少なく、物憂げな空気があたりを立ち込めていました。この古城を少し出ると、ウイグルの人たちが生活の糧にしているバザールがにぎわっています。このバザールで働いている人たちの家はこの泥の家なのでしょうか…?
ウイグルは冬はとても寒く、-20℃になることもたびたびあります。なんな寒いのに…泥の家で大丈夫なんだろうかって思ってしまいます。古城の中を散策していると、人間国宝(?)らしき人の看板がポツンと。ウイグル伝統の花瓶、陶器の茶碗を作っているのだそうです。中国メディアに一時期すごい取り上げられていたのでしょう、壁には当時の記事や賞状がたくさん飾られていました、、その割に現地のガイドブックになっていなくて…あたりに人はいなかったです。時代の流れ…ですかね。。
投稿者:マンゴスチン